東京高等裁判所 平成2年(行ケ)65号 判決 1994年9月14日
東京都千代田区九段南四丁目6番9号
原告
株式会社 北研
代表者代表取締役
細井竹治
訴訟代理人弁護士
吉原省三
同
小松勉
同
成瀬静代
同
松本操
訴訟複代理人弁護士
三輪拓也
訴訟代理人弁理士
中村幹男
新潟県南魚沼郡六日町大字坂戸485番地
被告
新和コンクリート工業株式会社
代表者代表取締役
岡村豊
訴訟代理人弁護士
安原正之
同
佐藤治隆
同
小林郁夫
訴訟代理人弁理士
安原正義
福井県武生市北府一丁目2番38号
補助参加人
株式会社 ホクコン
代表者代表取締役
林安雄
訴訟代理人弁護士
雨宮定直
同
宮垣聡
訴訟代理人弁理士
小泉良邦
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用はすべて原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、昭和61年審判第19433号事件について、平成元年12月28日にした審決を取り消す。
訴訟費用は、補助参加によって生じたものは補助参加人の負担とし、その余のものは被告の負担とする。
2 被告及び補助参加人(以下、両者を呼ぶときは「被告らという。)
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯等
原告は、考案の名称を「勾配自在形プレキャストコンクリート側溝」とする登録第1617986号実用新案の実用新案権者である。
上記実用新案(以下「本件考案」という。)は、昭和50年4月15日にされた特許出願(特願昭50-45758号、以下「本件原出願」という。)を原出願とする分割出願として、昭和51年9月3日に特許出願(特願昭51-105002号、以下「本件分割出願」という。)され、昭和55年10月15日に実用新案登録出願に出願変更(実願昭55-145735号)され、昭和56年11月30日に出願公告(実公昭56-51113号、その公報を、以下「本件公告公報」という。)され、出願公告後に実用新案登録請求の範囲の記載を含む明細書の記載が補正され(この補正が掲載された公報を、以下「本件補正公報」という。)、昭和60年11月29日に設定の登録がされたものである
被告は、昭和61年9月22日、本件考案の実用新案登録を無効にすることにつき審判の請求をした。
特許庁は、同請求を同年審判第19433号事件として審理したうえ、平成元年12月28日、「登録第1617986号実用新案の登録を無効とする。」との審決をし、その謄本は、平成2年2月22日原告に送達された。
2 本件考案の要旨
「対向する左右の側壁部材と、この対向する左右両側壁部材の両端上部間に水平耐力梁を設けて一体に成形し、該左右両側壁部材間の下部を全面開放形状とし、該下部の全面開放部を水路勾配に合せたコンクリート打設面とすることを特徴とした勾配自在形プレキャストコンクリート側溝。」(出願公告後の補正による実用新案登録請求の範囲記載のとおり。)
3 審決の理由
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本件考案は、実開昭50-15136号公報及び実願昭48-65313号(実開昭50-15136号)の願書に添付した明細書と図面の内容を撮影したマイクロフイルム(以下、これらを併せて「引用例1」という。)並びに昭和16年実用新案出願公告第2484号公報(以下「引用例2」という。)に記載された考案に基づき、当業者がきわめて容易に考案することができたと判断し、実用新案法3条2項の規定に違反して登録されたものであるから、同法37条1項1号の規定(平成5年法律第26号による改正前のもの、以下同じ。)により、その登録を無効にすべきものとした。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、手続きの経緯、本件考案の要旨、各引用例の記載事項の認定は認める。一致点の認定につき、引用例1に記載された「側板」、「ハリ」は、本件考案の「側壁部材」、「水平耐力梁」に各々相当すること、同引用例に記載された「コンクリート組立水路」は、側板間の内側底部にコンクリート打込みにより底板を長さ方向に少し勾配をつけて側板と一体に形成するものであることを認め、その余を争う。相違点の認定は認める(ただし、他にも相違点はある。)。相違点の評価は争う。
審決は、本件考案と引用例1の考案との比較において、本件考案が組立て工程に入る前の側溝用ブロックであるのに対し、引用例1の考案は組み立てられた水路であるとの相違点を看過し(取消事由1)、審決認定の相違点の検討においてその評価を誤り(取消事由2)、その結果、本件考案は引用例1及び同2の考案からきわめて容易に考案できたとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 本件考案の目的と作用効果
(1) 従来のプレキャストコンクリート側溝用ブロックには、次のような欠点があった。
<1> 平坦地では、勾配を自由にとることができないため、一般に、これを使用せず、現場打ちの方法をとっていた。そのため、工事に多大の労力と時間を要し、また工費もかさむという欠点があった(甲第3号証の2、本件補正公報1枚目「記」10~21行)。
<2> U形をなしているので、側圧に耐えるため下部に近づくほど肉厚にする必要があり、また、上部に蓋板を載置させる方式のものにおいても、蓋板が側溝と一体化されず、全面開放部に係止されているだけなので、側圧に対する効果が期待できなかった(同22~30行)。
<3> 工場で製造されて現場に運ばれ配列設置されるため、作業性のうえで軽量であることが望ましく、また、その方がコンクリートの使用量が少なくてすむが、そうすると強度が落ちるという欠点があった(同31行~2枚目1行)。
本件考案は、従来の側溝用プロックのこのような欠点を除去し、道路勾配と関係なく個溝底部勾配を簡便かつ自在に施工することができ、しかも、側溝用ブロックとして軽量かつ経済的であるとともに、施行後は大きな強度を得ることができる側溝用ブロックを提供することをその目的とするものである(同1枚目「記」5~8行)
(2) 本件考案は、次のとおりの作用効果を有する。
<1> 現場に搬入して配列し、底部にコンクリートを打設することによって無段階的な勾配を有する排水溝を建設することができる(本件補正公報2枚目19~25行)。
<2> 勾配を大きくとるときは、高さの異なる側溝を用いることによって、底部コンクリートの厚さが一定の勾配とすることができる(同25~30行)。
<3> 上面に開口部があるので、底部コンクリートの打設及び仕上作業が容易である(同31~33行)。
<4> 完成した排水溝としても、単体としても、強度が大きいため肉厚を薄くすることができる(同3枚目10~12行)。
<5> 施行前の段階では、底部壁がなく、しかも側壁を肉薄にできるので、側壁自体の軽量化を図ることができ、そのため、運搬、配列が容易であり、コンクリートの使用量も少なくてすむ(同2枚目31行~3枚目7行、同3枚目10~14行)。
(3) 本件考案は、その要旨に示すとおりの構成によって、無段階に勾配をとることのできる側溝用ブロックを提供することにより、従来技術の前記問題点<1>を解決し、側壁と上部耐力梁を一体に成形し底部を全面開放とすることにより、同<2>、<3>を解決したのである。
2 取消事由1(相違点の看過)
(1) 本件考案が、組立て工程に入る前の側溝用ブロック、換言すれば、水路である側溝を構成する部材であることは、本件明細書(本件公告公報図面第1図~第9図・第11図及び本件補正公報)の記載から明らかである。
これに対し、引用例1(甲第4号証の1・2)には、完成された水路を構成する部材となる側板等のコンクリートブロックも開示されてはいるものの、引用例1の考案の要旨自体は組み立てられ完成された水路であることは、同引用例の記載から明らかである。
ところが、審決は、それぞれの考案につき、それが水路自体であるのか、水路を構成する部材であるのかを識別しないまま論を進め、その結果、両者の上記相違点を看過して、「両者は、対向する左右の側壁部材と、この対向する左右両側壁部材の両端上部間に水平耐力梁を設け、該左右両側壁部材間の下部を全面開放形状とし、該下部の全面開放部を水路勾配に合せたコンクリート打設面とすることを特徴とした勾配自在形プレキヤストコンクリート側溝の点でその構成が一致している。」(審決書4頁8~15行)と誤った認定をするに至った。
審決の結論は、この誤った認定を前提に、上記相違点の有する意味を検討しないまま導き出されたものであるから、違法として取り消されなければならない。
被告らは、引用例1に開示された水路の各部材に着目したときは、これらは、本件考案の側溝用ブロックの側壁部材と水平耐力梁が「一体に成形」されるとの構成を備えていない点を除き、他の構成はすべて備えているとし、これを前提に論を進めているが、以下に述べるとおり、被告らの主張は、同引用例の構成に関する上記前提において既に誤っている。
引用例1の側板ブロックは、現場で組み立てられて初めて側壁となるのであり、ブロックの段階においては、側壁をなしていない。
同引用例のハリは、現場で側板上部間に嵌着載置されて初めて側板との間に関連を有するに至るのであり、それまでは、側板との間に何らの関連も有しない、これとは独立した部材である。
同引用例においては、正確にいえば、底部を鉄棒杆で支持しているので、建設段階においても、下部は全面開放状態にならない。
同引用例においては、ハリが側板上部間に嵌着載置された後も、嵌着載置の必然的結果としてハリと側板との間に隙間があるから、工事が完成した後も、一体成形による本件考案におけるように断面箱形とならない。同引用例においても実質的に断面箱形になる旨の被告らの主張は、水平耐力梁が側壁と一体に成形されていない場合には側壁と水平耐力梁との間に必ず隙間が生ずる、との事実を無視したものであり、失当である。
同引用例の側板等は、それぞれ、側板、ハリ、鉄棒杆といったばらばらの部品であって、側溝の形をなしていないから、これを、側溝用プレキャストコンクリートブロックとすることはできない。
要するに、引用例1に示されている側板等の各部材は、ばらばらの部材の集合にすぎず、側溝用ブロックとはいえないものであるのに対し、本件考案の側溝用ブロックは、底部以外の部分は既に一体のものとして完成されており、プレハブ式すなわちプレキャストの側溝用ブロックであるという、大きな相違がある。
同引用例に開示された水路の各部材に着目したときは、これらは、本件考案の側溝用ブロックの側壁部材と水平耐力梁が「一体に成形」されるとの構成を備えていない点を除き、他の構成はすべて備えているとの被告らの上記主張は、本件考案の側溝用ブロックと同引用例の側溝用部材との間のこのように明らかな相違を無視するものであって、失当である。
(2) なお、引角例1の側板等の各部材と本件考案の側溝用ブロックの間には、構成上の上記相違に基づき、側溝用材料として見た場合も、それを用いて完成された水路として見た場合も、作用効果に大きな相違がある。
側溝用材料として見た場合、同引用例においては、ばらばらの部材を現場で組み立てなければならないのに対し、本件考案においては、底部以外の部分は既に完成されているから、両者は、側溝用材料としての作業性が全く異なる。
完成された水路として見た場合、同引用例においては、側板とハリは別々に形成されて側板にハリが載置されているにすぎないため、重力荷重が一方の側壁に偏って加わると、ハリと側板の継ぎ部が緩んで変形しやすい。そして、この変形は、底部と側壁との接続部にも及ぶことになり、水路のひび割れ、崩壊を起こすことになるのに対し、本件考案においては、左右側壁部と水平耐力梁部が一体に成形されているため緩むことがなく、しかもあらかじめ十分な強度を計算して製造しておくことができるため、このような問題を生ずることがない。一体に成形された構造の方がそうでないものより強度を増すことは、常識的にいっても明らかであるから、一体に成形することにより格段の作用効果は生じない旨の被告ら主張は、常識に反するものであり、失当である。
3 取消事由2(容易推考性の判断の設り)
審決は、審決の認定した相違点についての検討において、引用例1の「嵌着載置」に代えて引用例2に記載された水平耐力梁を側壁両端上部間に一体に成形する技術を適用して本件考案と同じ構成のものとすることは、当業者にとってきわめて容易になしうる旨判断したが、誤りである。
(1) 審決は、「甲第2号証刊行物(注、引用例2)に記載された考案は側溝に関するものである点で、本件登録実用新案及び甲第1号証刊行物(注、引用例1)に記載された考案と同じ技術分野に属するものである」(審決書5頁7~10行)と認定し、この認定から直ちに、「前記甲第1号証刊行物(注、引用例1)に記載された考案において、水平耐力梁を左右両側壁部材の内側上部に形成した段部上の両端に嵌着載置して設けることに代えて、前記公知の技術(注、U型側溝において、水平耐力梁を側溝の両端上部間に一体に成形して設けるという、引用例2に記載された技術)を適用して、左右両側壁部材の両端上部間に一体に成形して設け、本件登録実用新案と同じ構成の勾配自在形プレキヤストコンクリート側溝を得ることは、当業者であればきわめて容易になし得られることと認められる」(同5頁10~18行)との結論に至っている。
しかし、引用例2に記載されているのは、側溝用半管であり、管の上面に開口部を設けただけのものであって、本件考案の側溝用ブロックや引用例1の側板等の側溝用部材を用いて施工した場合の底部コンクリートに相当する底部は側壁とあらかじめ一体となっていて、同じく側溝用といっそも、本件考案の側溝用ブロックや引用例1の側板等の側溝用部材のように、工事現場で施工するまで底部を開放しておくものとは、使用目的が異なっている。
そして、側溝用ブロックにおいては、側壁部と底部を一体として形成しておくというのが従来の技術思想であったのであり、引用例2もその一つである。
底部を開放する技術思想に基づき、それに対応した使用目的を有する引用例1の側溝用部材を基に、このようにこれとは異なる技術思想に基づき、これとは異なる使用目的を有する引用例2を考慮しても、本件考案の側溝用ブロックのような、底部を開放し上部を耐力梁と一体に成形することを特徴とする構成は、当業者といえどもきわめて容易に推考しうるものではない。
審決は、引用例2の側溝用半管が側溝用に用いられることのみに目を奪われて、同じく側溝用に用いちれるといっても、その使用目的やそれを支える技術思想は本件考案や引用例1の側溝用部材のものとは異なることを看過し、これによって誤った結論に至ったものといわなければならない。
(2) 引用例2は、本件無効審判請求事件に先立ち請求された無効審判請求事件においても、他の文献とともに引用例とされている。
すなわち、訴外福井県コンクリート二次製品工業組合は、昭和61年6月20日、本件考案につき無効審判の請求をした(昭和61年審判第12641号事件、以下「本件先行無効審判事件」という。)が、特許庁は、本件考案は、同訴外組合が証拠として提示した実公昭16-2484号公報(本件における引用例2)及び実開昭48-46458号公報、実開昭48-56852号公報に記載された考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案することができたものということはできない、との理由を示して、昭和63年9月26日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をした。同審決の取消訴訟(東京高等裁判所同年(行ケ)第254号事件、以下「本件先行訴訟事件」という。)においても、平成2年4月24日、請求棄却の判決がなされ、同判決は同年5月10日確定し、これにより同審決も確定した。
このように、本件に先行する無効審判事件において引用例とされ、これに基づいては本件考案を無効とすることはできないとされた引用例2を、本件審判において、再び引用して本件考案の無効を主張することは、実用新案法41条で準用する特許法167条(いずれの条文も、平成5年法律第26号による改正前のもの、以下同じ。)に違反して許されず、仮に同引用例を本件において援用することが許されるとしても、それは、引用例1からの本件考案の容易推考性を判断する資料にとどまるものというべきである(最高裁判所平成4年4月28日第三小法廷判決民集46巻4号1頁参照)。
したがって、引用例1と同2を組み合わせて初めて本件考案が容易推考であるとする審決の認定判断は、この点からも許されないものといわなければならない。
(3) 被告らは、門形カルバートにおいて側壁と頂版とを一体に成形することは、本件考案出願前周知の慣用技術であったとし、また、門形カルバートは水路に用いられる製品であり、本件考案の側溝用ブロックや引用例1の側板等の側溝用部材とは、用途分野において重複ないし隣接しているとして、これらを根拠に、引用例1の側板等の側溝用部材から本件考案のブロックに想到することはきわめて容易であった旨主張する。
しかし、側溝用ブロックと門形カルバートとは、本来、使用目的と使用態様を明確に異にするものであり、少なくとも本件考案出願前においては、用途分野において重複ないし隣接しているといいうる関係にはなかった。
すなわち、「カルバート」とは、もともと、「暗渠」あるいは「地下水路」の意味であって、道路下に埋設して暗渠として利用するものであり、大きさも側溝用ブロックよりはるかに大型で、側溝用ブロックとは明らかに区別して考えられていた(甲第14~第16号証)。
そして、門型カルバートには、もともと、設置後底部にコンクリートを打設して両端部を断面箱型に構成するという思想はなく、また、そのため、上部に開口部を設けるという構造にもなっておらず、その土かぶり厚は、「車道下で舗装厚以上又は50cm程度以上が得られるように当初から計画しておくことが望ましい。」(甲第14号証の2、24頁)、「・・・50cm程度の土かぶり厚が得られるように、最初から計画しておくことが望ましい。」(甲第16号証の5、100頁)とされていた。
「土木工法資料」(乙第14号証の3の1~3)に被告ら指摘の図があることは認めるが、この図は、このような使用の例もあるという意味を有するにすぎず、しかも、側溝として用いられている図ではない。
「土木工学ハンドブック下巻」(乙第14号証の4の1~3))に土かぶりが0の場合の記載があることは認めるが、この記載は、土かぶりが0の場合の土圧力を説明したものであって、このような使用のされ方が一般的であるとしているわけではない。
被告らの挙げる原告のカタログ(乙第30号証の1ないし8)に被告ら主張の記載があることは認めるが、このカタログの発行は昭和61年であり、これにこのような記載がなされるようになったのは、本件考案の出願後のプレキャストコンクリート技術の進歩によって、側溝用ブロックに比べ大型であるカルバートについても、本件考案の技術の適用が可能となったからにほかならず、本件考案の出願前においては、コンクリート技術の水準から、カルバートに比べ小型である側溝用ブロックについてしか、本件考案の構造のものを製造することはできなかった。このことは、昭和50年(1975年)8月原告の関連会社である北越ヒューム管株式会社と株式会社ホクエツが共同で発行した新製品シリーズNo.1のカタログ(甲第17号証)には、本件原出願に相当する下梁を設けたものであって巾300~400mm、高さ400~600mmのものしか記載されていなかったのが、原告が昭和57年(1982年)発行したカタログ(甲第18号証)には、巾600mm、高さ1500mmのものが記載され、さらに、原告が平成元年(1989年)に発行したカタログ(甲第10号証)には巾1000mm、高さ2000mmのものまで記載されるに至っている経過に照らしても明らかである。
上記のとおりであるから、門形カルバートに関する被告ら主張の技術常識を前提にしても、引用例1の側板等から本件考案の側溝用ブロックに想到することがきわめて容易であったとすることはできない。
4 本件考案の施工実績
(1) 本件考案の側溝用ブロックは、その優れた効果のために、実施許諾を希望する業者は多く、実施権者は全国で140社以上に達し、その施工実績は、次のとおり年を追って伸びている。これ以外にも、実施許諾を受けずに製造販売を行って、侵害事件を起こした業者もある。
年 数量 対前年伸び率
昭和52年 28,000m
昭和53年 54,000m 92.9%
昭和54年 155,000m 187.0%
昭和55年 323,000m 108.4%
昭和56年 370,000m 14.5%
昭和57年 412,000m 11.4%
昭和58年 456,000m 10.7%
昭和59年 596,000m 30.7%
昭和60年 730,000m 22.4%
昭和61年 803,000m 10.0%
昭和62年 890,000m 10.8%
昭和63年 995,000m 11.8%
平成元年 1,095,000m 10.1%
平成2年 1,196,000m 9.2%
この点に関し、被告らは、本件考案の側溝用ブロックが普及し商業的成功をおさめたのは、技術的要因以外の社会的、経済的要因によると主張する。
しかし、昭和55年以降平成2年までの道路投資の伸び率が、昭和62年が異常に突出しているのを別にすると、一貫して1桁台であるのに対し(乙第34号証の2、25頁)、同期間における本件考案の側溝ブロックの伸び率が一貫して2桁あるいはそれに近い数値を保っていること、本件考案の代替品が未だにないことからすれば、上記商業的成功の要因は、社会的、経済的なものを無視することはできないにしても、技術的なものが大きかったといわなければならない。
そして、このことは、当業者が本件考案の効果を認めたことにほかならず、本件考案の進歩性を証明する有力な証拠の一つであるといわなければならない。
(2) 被告らは、コンクリート製品のプレハブ化は本件考案の出願前からの趨勢であった旨主張するが、プレハブ化の思想があったことと、具体的に何をどのような構造のものにプレハブ化するかということは、全く別の問題である。そして、勾配自在形プレキャストコンクリート側溝用ブロックをプレハブ化したところに本件考案の進歩性があるのであるから、本願出願前プレハブ化の思想があったことは、本件考案の進歩性を否定する根拠となるものではない。
第4 被告らの反論の要点
審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。
1 本件考案の目的と作用効果について
本件明細書に原告主張のとおりの記載があること、本件考案の目的と作用効果が原告主張のとおりであることは、いずれも認める。
ただし、本件考案において従来技術とされているのは、U字形側溝用ブロックであって、しかも、左右側壁部材間に水平耐力梁を設けないもの、あるいは、設けても、これと左右側壁部材との間に隙間のあるものであり、引用例1に記載されたもののように、左右側壁部材間に水平耐力梁を「嵌着載置」したものではない。
2 取消事由1について
(1) 本件考案の要旨が組立て工程に入る前の側溝用ブロック、換言すれば、水路である側溝を構成する部材であることは、あえて争わない。被告らは、本件考案の要旨は工事現場で組み立てられた側溝(水路)であると考えるが、後述のように、この点のいかんは本訴の結論に影響しないので、本訴において、この点を原告主張のとおりとすることに異議を述べないこととする。
引用例1の考案の要旨自体は組み立てられ完成された水路であることは、認める。
原告は、本件考案が側溝用ブロックであるのに対し、引用例1の考案は完成された水路であるとの上記相違を根拠に、審決の一致点認定を誤りと主張する。
しかし、同引用例に、完成された側溝(水路)のほかに、これを構成する部材となる側板等のコンクリートブロックも開示されていることは原告も認めるところであり、これらは、そこで、ばらばらに存在するものとされているのではなく、いずれも側溝用部材として開示されているのであるから、これに接する者には、全体が側溝(水路)を構成する一体のものとして認識されるのである。
他方、本件考案は、側溝(水路)ではなく側溝用ブロックであるといってみても、工事現場における側溝(水路)構築の用途を離れてありえないものであることは、その実用新案登録請求の範囲に「・該下部の全面開放部を水路勾配に合せたコンクリート打設面とすることを特徴とした勾配自在形プレギャストコンクリート側溝」として、工事現場における側溝(水路)構築方法を取り入れた表現がなされていること、原告が本件考案の効果として主張する、平坦地においても排水勾配を無段階的にかつ簡便に形成することができる効果も、軽量かつ経済的で施行後は優れた強度を得ることができる効果も、現場で本件考案の側溝用ブロックに底部コンクリートを打設して初めて生ずる効果であることによっても明らかであり、この点において引用例1の側溝(水路)と変わるところはない。
そうとすれば、本件考案の容易推考性を判断するに当たり、側溝用ブロックである本件考案も、側溝(水路)である引用例1の考案も、同じ技術分野に属するものとして、両考案を対比することに何の問題もなく、その際、本件考案の側溝用ブロックを現場で側溝(水路)とされた状態で引用例1の側溝(水路)と比較しても、そこに何の誤りもなく、それはむしろ必要なことというべきである。
そして、このようにして、同じ技術分野に属するものとして、両考案を対比した場合、審決認定の相違点である「一体に成形」の点を除き、本件考案の側溝用ブロックと引用例1に開示された各部材の間に相違はないのであるから、審決が、「両者は、対向する左右の側壁部材と、この対向する左右両側壁部材の両端上部間に水平耐力梁を設け、該左右両側壁部材間の下部を全面開放形状とし、該下部の全面開放部を水路勾配に合わせたコンクリート打設面とすることを特徴とした勾配自在形プレキャストコンクリート側溝の点でその構成が一致している」としたことに誤りはない。
なお、引用例1の鉄棒杆(5)(5)は、側板(1)(1)の左右巾を調節するために設けられるものにすぎない(甲第4号証の2、2頁10~12行)から、側板(1)(1)の左右巾の調節にとってこのような鉄棒杆の使用は必要ないと思えば適宜これを省略しうることは、当業者にとって自明のことであり、本件考案の進歩性判断において同引用例の考案を本件考案と比較するに当たり、これを無視することには合理性がある。したがって、審決がこれを無視したのは相当である。
引用例1証載の各部材は、互いに関連のないものであり、かつ、現場で組み立てられるまでは側溝用ブロックとはいえないものであることを前提とする原告主張は、その前提において、上記観点を忘れた基本的な誤りを犯すものといわなければならない。
(2) 引用例1に記載された側溝用部材と本件考案の側溝用部材を比較した場合、両者の相違は審決認定のとおり側壁部材と水平耐力梁が一体に成形されているか否かのみであることは、上述のとおりであり、また、この相違によって、両者の作用効果に実質的な差異が生ずるとは認められない。
すなわち、引用例1中の作用効果に関する記載を、原告主張の本件考案の作用効果<1>~<5>に対応させて記載すれば、別紙のとおりであり、これによるときは、両者間に実質的な差異は認められないことが明らかである。
原告は、引用例1の「嵌着載置」では、側板とハリとの間に隙間を生じることが避けられないため、強度が小さくなる旨主張する。
しかし、引用例1のものにおいても、側板は横方向からの土圧により溝の中心方向に強い力を受け、打設コンクリートにより形成された側溝(水路)底部及びハリ(水平耐力梁)が上記側圧を支えることにより、断面箱形の堅固な側溝(水路)が構成されるのである。本件考案及び同引用例の各側溝用部材を完成された水路の状態で比較する場合、ハリの「嵌着載置」による左右側板とハリの接合がバインダー(モルタル等)によりなされ、これが硬化して水路として完成されたものを同引用例のものとして比較しても不都合はないはずであり、少なくとも、このようにして比較した場合、両者間に強度の差はないから、本件考案の「一体に成形」と引用例1の「嵌着載置」との相違により、完成された水路においても必然的に強度の差が生ずるとする原告主張は、失当といわなければならない。
3 取消事由2について
(1) 引用例2が本件考案の進歩性の判断において意味を持つのは、側溝用材料において水平耐力梁を左右側壁部材の両端上部に一体に成形して設ける技術思想が公知であったか否かに限ってのことであり、引用例2記載のものも、側溝(水路)に係るものであり、しかも、U字形側溝用ブロックに代置される側溝用ブロックである点で、引用例1及び本件考案のものと同じであり、そこで用いられている「半管」という名称は、その形状の特徴にとらわれた表現であり、実態に則して名を付ければ、「半管の形状を持つ道路側溝用ブロック」ともいうべきものである。
したがって、引用例2に記載されている側溝用半管は、本件考案や引用例1の側溝用ブロックとは、使用目的が異なり、技術思想も異なるとの原告主張は失当である。
のみならず、引用例2には、水平耐力梁を側壁の両端上部間に一体に成形して設けることの作用効果として、「U型側溝ニ於ケル如ク土壓ノタメニ兩壁ガ内側へ壓セラルル事ナク」、「從ッテこんくりーとノ厚モ極度ニ節約セラレテ薄キモノニテ足リ」、「工費甚シク低廉トナル」、「施行ニ當リテハ迅速ニ施工行シ得ベク」、「工事中ノ道路交通ノ障害トナル期間ヲ短縮スルノ利便アリ」と記載されているのであるから、引用例1の側溝用部材にこれを適用して本件考案の側溝用ブロックを考案することは、当業者にとってきわめて容易であったといわなければならない。
原告は、本件に先行する既に確定した特許庁昭和61年審判第12641号無効審判事件の審決において、当業者が引用例2を含む文献から本件考案をきわめて容易に考案することができたとはいえないとされていることを根拠に、最高裁判所判決(最高裁判所平成4年4月28日第三小法廷判決民集46巻4号1頁)を引用しつつ、本訴において引用例2を援用することは、実用新案法41条によって引用される特許法167条に違反し、許されない旨を主張する。
しかし、上記確定審決においては、引用例1と同2との組合せからの容易推考性については何も判断されておらず、上記最高裁判所判決も、このような場合に後の審判事件で両引用例からの容易推考性を無効事由として主張することを禁ずる趣旨のものでないことは、その判示から明らかであるから、原告の上記主張は、失当である。
(2) 側溝用の両側壁部材と水平耐力梁を一体に成形することは、引用例2を離れて見ても、例えば次のカルバートに示されるように、本件考案の出願前、側溝あるいはそれに隣接する分野の数多くの公知文献に記載されており、当業者に自明の技術である。
アメリカ合衆国で発行されたコンクリート関係技術雑誌「CONCRETE PRODUCTS」1968年2月号(乙第6号証)の「RTP MARKETS“INSTANT BRIDGES”」(「RTP社「インスタント橋」を販売する。」)の見出しの記事(同号証48頁以下・訳文1頁以下)には、同記事の写真2(同49頁)及び6(同51頁)に示されているようなカルバート(箱型排水溝)セクションが、米国において、工場生産のプレハブ製品として、1950年代の終わりころから製造販売され、1968年ころには広く普及された旨が述べられている。
この記事には、さらに、当該カルバートは、脚(leg)と頂版(top)から構成されており、1個の型枠(コンクリート成形ビット)により工場において一体に成形される旨が記載されている(同49頁中欄・訳文5頁末尾から2行~6頁2行、50頁左欄・訳文7頁末尾から3行~8頁2行、49頁上段の写真説明文・訳文12頁)。
上記「脚」及び「頂版」は、それぞれ本件考案の側壁及び水平耐力梁に対応する。しかも、上記記事には、工場において両者が一体に成形されたカルバートにより現場作業が顕著に短縮されること、コスト切下げに貢献することなどが、詳細に述べられている。
上記記事に開示されているカルバートは、昭和62年発行「道路土工、擁壁・カルバート・架設構造物工指針」(乙第12号証の1・2)によれば、我が国の土木業界においては、一般に「門形カルバート」と呼ばれているものであり(同号証の2、87頁)、その用途としては、河川・水路用、道路用等がある(同88頁)。
このカルバートは、使用に当たり、頂版上に土かぶりを行う場合もあるが、これを行わない場合もあり、後者は「土かぶりが0の場合」といわれており(乙第14号証の4の2、昭和49年11月1日発行「土木工学ハンドブック 下巻」1870頁右欄d.の項)、カルバートの頂版部分を土で埋没しないで使用する例は少なくない(乙第14号証の3の2、昭和33年7月30日発行「土木工法資料」図面(D)参照)。上記雑誌記事においても、この点につき、「たいていのボックスカルバートは表面を露出して設置される」旨が述べられている(乙第6号証49頁右欄1~2行・訳文6頁16行)。
門型カルバートが土かぶりが0の場合、これと側溝用ブロックとは、断面は門型である点においても、垂直土圧及び側圧の計算方法においても、同じである。このことは、原告の製品カタログ「VSカルバート」(乙第30号証の1~8)の「VSカルバートは、底版部が、現場打ちコンクリートで形成されますので、製品の構造を門型ラーメン構造・とし、・・計算方法は、「建設省制定土木構造物標準設計第1巻(側溝類暗きょ類)の手引きの一連ボックスカルバートの項を参照致しました」(同号証の5)との記載からも裏付けられる。
上に述べたところから見て、門形カルバートにおいて側壁と頂版とを一体に形成することは、本願出願前周知の技術であったこと、門形カルバートは水路に用いられる製品であり、本件考案や引用例1の側溝用部材とは、用途分野において重複ないし隣接していることが明らかである。
そうとすれば、引用例1において別々の部材として製造され工事現場において組み立てるものとされている左右側板とハリとを一体成形することが、当業者にとりきわめて容易になしうることであったことは、この点からも明らかであったといわなければならない。
原告は、カルバートは、側溝用ブロックとは、使用目的も大きさも異なるとして、これを本件考案の容易推考性の判断資料にすることはできない旨主張するが、失当である。
使用目的についていえば、元来、カルバートとは、暗渠で頂版の閉じたもの(closed conduit)と頂版を被ったもの(coverd conduit)を総称する概念であり(乙第14号証の2の2、「学術用語集 土木工学編」220頁)、主として道路の下を横断する水路、通路として設けられる構造物ではあるが(乙第14号証の4の2、前記「土木工学ハンドブック 下巻」1870頁)、土木業界において、必要と便益がありさえすれば、臨機応変に、これを道路と縦走あるいは併走する水路や側溝(水路)に利用することは、現場実務者の知恵というものであり、現にそのように利用されている。
このような事情を背景に、当業者は、門型カルバートあるいはボックスカルバートの形をしているものは、その用途にかかわらず、門型カルバートあるいはボックスカルバートと呼んでいるのであり、その意味では、本件考案の側溝用ブロックも門型カルバートである(乙第12号証の2、前記「道路土工、擁壁・カルバート・架設構造物工指針」87頁、乙第14号証の1、浦田陳述書1項)。
大きさについていえば、原告の製品カタログ「VS側溝」(乙第31号証の1~3)の中に、巾が700、800、900及び10001mmのものが存在し、重量2627kgといった程度の大型のものがあり(同号証の2)、一方、原告の製品カタログ「VSカルバート」(乙第30号証の1~8)の中にもこれらと同じ巾のものが存在する(同号証の4)ことなどからも明らかなように、カルバートと側溝用ブロックとは大きさにおいて相当の範囲で重なっている。原告の上記カタログは、いずれも本件考案の出願後のものであるとはいえ、出願前においても、側溝用ブロックとカルバートブロックとの間に密接な技術的関係があることを物語るものである。
上記「CONCRETE PRODUCTS」1968年2月号(乙第6号証)記載のカルバートは、左右両側壁の両端上部間に水平耐力梁を一体に成形したものではなく、底部をコンクリート打設面とするものでもないとする原告主張も、失当である。
「標準的なボックスカルバート・セクションは、・・・コンクリート成型ピットで、一度に2個成型される。」(同50頁左欄、訳文7頁末尾から8頁2行)、「1組の型枠は、セクションを加えることまたは取除くことにより、カルバートのすべての3サイズを作る」(同49頁上段の写真説明文、訳文8頁)との記載、及び、完成されたカルバートが成形工場内に貯蔵されている状況を写した写真(同49頁上欄)によれば、上記文献記載のカルバートが「一体に成形」されるものであることは明々白々であり、また、「これらは、ユーザーの要求するところに従って、端部(curb)や翼壁(wingwall)を使用して、現場打ち(cast-in-place)のコンクリートの脚場または床の上に建てられる(erect)。」(同49頁中欄21~23行・訳文6頁2~4行)、「カルバートは普通コンクリート床の上に設置されるのが普通であるが・」(同51頁の写真説明文・訳文12頁)の記載に示されるように、現場打ちコンクリートの床上に設置されることにより、断面箱型のカルバートが形成されるのであるから、原告の上記主張が成り立たないことは、明らかといわなければならない。
4 本件考案の側溝用ブロックの普及について
(1) 原告は、本件考案の側溝用ブロックが顕著に普及したことをもって、その進歩性を裏付けるものとしている。
しかし、上記普及は、地方公共団体を主とする側溝工事発注者が、現場作業者の不足の顕在化から、工場における加工度の大きいものを選択する傾向が大きくなったこと、総道路投資は、昭和52年に4兆2、724億円だったものが、平成2年には10兆3、078億円にまで増大していることにも見られるように、地方公共団体による道路の新設・改良のための予算が飛躍的に増大したこと、原告が、官需主体の特性によく対応して、VS方式という名の統一規格を提案し、多数の提携企業を糾合し、積極的な販売政策を駆使実行したことなどの、技術外の要因に基づくものであり、本件考案の進歩性とは無関係である。
仮に、本件考案の側溝用ブロックの需要の多いことに、何らかの技術的要因が関与しているとしても、それは、側溝(水路)底を勾配自在になしうる作用を生ずる「左右両側壁部材間下部を全面開放形状とし、該下部の全面開放部を水路勾配に合せたコンクリート打設面とする」という、既に引用例1によって公知となっていた構成、及び、一体成形の実現を容易にした、周辺技術であるプレキャストコンクリート技術の急速な発展などの、本件考案の進歩性の根拠となりえない要因であり、同引用例にない本件考案の構成である「一体に成形」によるものではない。
このことは、側溝底部の勾配を自在に設ける必要のない工事、すなわち、側溝底を道路肩と実質的に平行に設けても、排水の流れに支障を来さないような地形における工事には、現在においても、ほとんどの場合、本件考案の側溝用ブロックのような勾配自在型のものは用いられず、U字形側溝又は現場打ち型側溝が用いられていること、引用例1の実施品と見られうる「組立型ロングU」が、訴外大丸コンクリート株式会社の主導の下、約33社の提携により、共通企画を以て、市場に参加していることなどによっても明らかである。
(2) そもそも、コンクリート製品のプレハブ化、大型化は、コンクリート二次製品業界における趨勢であって、この傾向は、既に昭和40年代初めころ指摘されていたが、いわゆる第一次オイルショック前後において、<1>工場における成型技術・成型装置の発達、<2>運搬手段(起重機、自動車、道路等)の発達・普及により、その条件が成熟し、<3>現場工事人員の極端な不足や現場工事期間の圧縮の必要性の顕著化により否応なく具体化したものである(乙第8号証、昭和47年1月15日発行「コンクリートジャーナル」72年1月号20頁「プレファブ化」の項、乙第9号証、昭和50年9月25日発行「コンクリート製品」1975年8・9月号35頁村上・山田発言)。
両側壁部材と水平耐力梁を一体成型する本件考案は、上記プレハブ化の傾向の一端に位置づけられるものであり、たまたまその時期に具体化されただけのことであって、そこには、その技術の進歩性と結び付く要素はない。
第5 証拠
本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。)
第6 当裁判所の判断
1 本件考案の要旨、目的、作用効果
(1) 本件考案の要旨は、出願公告後の補正による実用新案登録請求の範囲に記載された「対向する左右の側壁部材と、この対向する左右両側壁部材の両端上部間に水平耐力梁を設けて一体に成形し、該左右両側壁部材間の下部を全面開放形状とし、該下部の全面開放部を水路勾配に合せたコンクリート打設面とすることを特徴とした勾配自在形プレキヤストコンクリート側溝」であり、ここにいう「側溝」が完成された水路を意味するのではなく、それを構成する部材としての側溝用ブロックを意味することについては当事者間に争いがない。
本件考案の上記構成は、次のとおり分説することができる。
<1> 対向する左右の側壁部材を有すること
<2> 左右側壁部材の両端上部間に水平耐力梁を一体に成形すること
<3> 左右側壁部材間の下部を全面開放形状としたうえ、現場で、この全面開放形状の底部を、水路勾配に合わせたコンクリート打設面とすること
<4> 以上を特徴とする勾配自在形プレキヤストコンクリート側溝(側溝用ブロック)であること
(以下、上記各構成要件を、それぞれ「本件考案構成<1>」、「本件考案構成<2>」などと呼ぶことがある。)(2) 本件考案の目的が第31(1)において原告の主張するとおりであること、その作用効果が同(2)で原告の主張する作用効果<1>~<5>であることについては、当事者間に争いがない。
2 取消事由1について
(1) 引用例1の記載
甲第4号証の1・2によれば、引用例1には、考案の名称を「コンクリート組立水路」とする考案が開示されており、その実用新案登録請求の範囲の記載は、「側板を対設し、この側板の内側上部に段部を形成し、この段部上にハリや蓋等を嵌着載置し、側板の内側底部間に鉄棒杆を架設し、この内側底部にコンクリート打込みにより底板を長さ方向に少し勾配をつけて側板と一体に形成せしめた事を特徴とするコンクリート組立水路。」であり、その考案の詳細な説明の欄に以下のとおり記載されていることが認められる。
「従来の水路は側壁と底板が一体となつたU字状のものを勾配をつけて埋設して行くものであるから埋立土砂が多量に必要になると共に道路面、宅地面等が平らにならず不体裁な欠点があつた。
本考案はかかる欠点を解決したコンクリート組立水路に係るものにして、その構成を添附図面を参照に詳述すると次の通りである。
水路を形成しようとする個所に穴を掘り(原文に「堀り」とあるは誤記と認められる。)この穴の中にコンクリート製の側板(1)(1)を対向させた状態で順次長さ方向に併設して行く。
この側板(1)(1)の内側上下端部寄りに段部(2)(3)を形成している。
そしてこの側板(1)(1)の内側下端部の数個所に嵌着凹部(4)を形成している。
この左右の嵌着凹部(4)(4)に鉄棒杆(5)を嵌着して側板(1)(1)の左右間に架設して側板(1)(1)の左右巾を調節する。この夫々の側板(1)(1)間の底部に一方に少し勾配をつけ乍らコンクリート打ち込みにより底板(6)を側板(1)(1)と一体に形成する。
この底板(6)の厚みは鉄棒杆(5)が埋設する程度の厚みにすると良い。
側板(1)(1)の上部の段部(2)(2)上にハリ(7)若くは蓋(8)を載置する。
このハリ(7)、蓋(8)の厚みは側板(1)(1)の上緑部より突出しない程度の厚みのものを用意すると良い。
本考案は上述の様に構成したから次の様な特長を有するものである。
1 側板(1)と底板(6)とが別々になつており、側板(1)は工場生産し、底板(6)は現場打ちで行うものであるから水路の勾配は底板(6)によって調節出来るから道路や宅地に勾配を取る必要がないから側板(1)(1)の上縁部は道路面や宅地面は平らになり体裁の良い水路が形成される事になる。
2 水路巾の調節は側板(1)(1)の対設によつて自由に決める事が出来る。
3 この場合側板(1)(1)の底部間の数個所に鉄棒杆(5)を設けているからこの鉄棒杵(5)の長さによつて側板(1)(1)の左右巾が正確に決まると共に補強筋の作用もするために丈夫な水路が形成される。
4 亦水路の高さも底板(6)の施工(原文に「施行」とあるは誤記と認める。)によって自由に調節する事が出来る。
5 側板(1)(1)の内側上部寄りに段部(2)を設けているからここにハリ(7)や蓋(8)を嵌着載置する事により内側に倒れず一層丈夫な水路が形成されると共にハリ(7)や蓋(8)の位置が決るため一層効果的でもある。
6 本案品は側板(1)だけの運搬であるからかさばらず極めて便利である。」(甲4号証の2、1頁11行~5頁1行)
(2) 引用例1の側板ブロック等と本件考案の側溝用ブロックとの構成の対比
引用例1の実用新案登録請求の範囲の記載は上掲のとおりであるから、その考案の要旨が、そこに記載された各部材を使用して完成された水路であり、水路を構成する各部材でないことは明らかである。
しかし、同引用例の記載を全体として見た場合、上掲のとおり、水路を構成する各部材自体に着目したものを含み、完成された水路が優れたものであることの原因が使用される各部材にあることをも述べるものである以上、そこには、完成された水路のみでなく、水路組立工程に入る前の部品としての側板ブロック等の各部材も、まとまった一体のものとして、開示されているといわなければならない。
このようにまとまった一体のものとして同引用例に開示されている側板ブロック等の各部材と、本件考案の側溝用ブロックの各構成を対比すると、以下のようにいうことができる。
<1> 同引用例には、対向する左右の側板(1)(1)が開示されており、この構成は、本件考案構成<1>と同一である。
<2> 同引用例には、対向する左右の側板(1)(1)間の両端上部間にハリ(7)を嵌着載置する構成が開示されており、この構成は、本件考案構成<2>と、工事現場において「嵌着載置」されるのと工場において「一体に成形」されるのとの相違があるのを除き、同一である。
<3> 同引用例には、「この内側底部にコンクリート打込みにより底板を長さ方向に少し勾配をつけて側板と一体に形成せしめた」、「この夫々の側板(1)(1)間の底部に一方に少し勾配をつけ乍らコンクリート打ち込みにより底板(6)を側板(1)(1)と一体に形成する。」、「側板(1)と底板(6)とが別々になっており、側板(1)は工場生産し、底板(6)は現場打ちで行うものであるから水路の勾配は底板(6)によって調節出来るから道路や宅地に勾配を取る必要がないから側板(1)(1)の上縁部は道路面や宅地面は平らになり体裁の良い水路が形成される事になる。」「亦水路の高さも底板(6)の施工(原文の「施行」は誤記と認める。)によって自由に調節することが出来る」と記載されており、この構成は、本件考案構成<3>と同一である。
<4> 同引用例記載の側板ブロック等の各部材は、現場で工事がなされるまでは各々が別々のものであるのに対し、本件考案の側溝用ブロックは、左右側壁部とその両端上部間の水平耐力梁は工場において一体に成形されている、との相違はあるが、水路に組み立てられたものとしては、上記「一体に成形」に関する相違を別にして、同一である。
<5> 本件考案の側溝用ブロックは、同引用例記載の鉄棒杆に相当するものを含んでいない。
しかし、同引用例の上掲「この場合側板(1)(1)の底部間の数個所に鉄棒杆(5)を設けているからこの鉄棒杆(5)の長さによって側板(1)(1)の左右巾が正確に決まると共に補強筋の作用もするために丈夫な水路が形成される。」との記載から見て、この鉄棒杆は、工事現場における側板の左右巾の正確な決定に役立てることを主たる目的とし、打設した底部コンクリートの補強筋の作用を奏させることを副次的な目的とするものであると認められ、この主たる目的との関連では、同引用例のものが本件考案の構成中の「一体に成形」に関する部分に相当するものを有していないことの結果であるということができ、副次的な目的との関連では、打設した底部コンクリートの強度との関係で、適宜省略できるものであることは、当業者にとって自明というべきであるから、その有無という相違は、結局、「一体に成形」と「嵌着載置」の相違に吸収されるものといわなければならない。
以上のとおりであるから、引用例1に記載された側板ブロック等の各部材は、それら全体を、完成されるべき水路の部材としてまとめて見た場合、本件考案の構成中の「一体に成形」に関する部分を除き、他の構成をすべて備えているということができる。
原告は、同引用例に示されている側板等の各部材は、ばらばらの部材の集合にすぎず、側溝用ブロックとはいえないものであるのに対し、本件考案の側溝用ブロックは、底部以外の部分は既に一体のものとして完成されており、プレハブ式すなわちプレキャストの側溝用ブロックであるという大きな相違があるとし、この相違を無視して審決認定のように一致点の認定を行うことは許されない旨を主張する。
しかし、同引用例に示されている側板等の各部材は、それぞれ互いに無関係に存在するものとして記載されているわけではなく、それぞれが最終的には一体となって同じ水路を形成するための部材として示されていることは、同引用例の上掲記載から明らかであり、その点では、本件考案の側溝用ブロックの左右側壁と水平耐力梁とが一体となって、完成された水路から見ればその部材となるものとして示されているのと、少しも異なるところはない。完成された側溝(水路)を基準に見た場合、両者の相違は、一方は、工事現場に行く前に、左右側壁部と水平耐力梁のみは一体に成形されてまとめられているのに対し、他方は、現場での工事が始まるまでは、これらもまとめられていないという、工事現場に行く前のまとめられ方の程度にあるにすぎない。
他方、本件考案は、側溝(水路)ではなく側溝用ブロックであるといってみても、考案としての価値が工事現場における側溝(水路)構築のあり方を離れてありえないものであることは、その実用新案登録請求の範囲に「・・・該下部の全面開放部を水路勾配に合せたコンクリート打設面とすることを特徴とした勾配自在形プレキヤストコンクリート側溝」として、工事現場における側溝(水路)構築方法を取り入れた表現がなされていること、原告が本件考案のものとして主張するところの、平坦地においても排水勾配を無段階的にかつ簡便に形成することができる効果も、軽量かつ経済的で施行後は優れた強度を得ることができる効果も、現場で本件考案の側溝用ブロックに底部コンクリートを打設することを離れてはありえない効果であることによっても明らかであり、このように、その価値を見るためには、それを用いて完成された水路の形でも認識されなければならない点において、引用例1の場合と変わるところはない。
そうとすれば、本件考案につき、いわゆる侵害訴訟においてその技術的範囲を問題にするのとは異なり、考案の容易推考性の観点から判断するに当たり、側溝用ブロックである本件考案も、側溝(水路)である引用例1の考案も、同じ技術分野に属するものとして、両考案を対比することに何の問題もなく、その際、本件考案の側溝用ブロックを現場で側溝(水路)とされた状態で引用例1の側溝(水路)と比較しても、逆に、引用例1の側溝(水路)をその部材が現場で組み立てられる前にまとまったものとして存在する状態で本件考案の側溝用ブロックと比較しても、それを不当とする理由はなく、むしろいずれも必要なことといわなければならない。
そして、このようにして、同じ技術分野に属するものとして、両考案を対比した場合、上記いずれの状態において対比しても、審決認定の相違点である「一体に成形」の点を除き、本件考案の側溝用ブロックと引用例1に開示された各部材の間に相違はないことは上述したところから明らかであるから、審決が、「両者は、対向する左右の側壁部材と、この対向する左右両側壁部材の両端上部間に水平耐力梁を設け、該左右両側壁部材間の下部を全面開放形状とし、該下部の全面開放部を水路勾配に合わせたコンクリート打設面とすることを特徴とした勾配自在形プレキヤストコンクリート側溝の点でその構成が一致している。」としたことに誤りはない。
原告主張の取消事由1は理由がない。
3 取消事由2について
(1) 引用例2の記載と「一体に成形」の容易推考性
甲第5号証によれば、引用例2には、名称を「側溝用半管」とする考案が開示されており、その「登録請求ノ範囲」の記載は、「第一圖ニ示ス如クU型ノ上端ノ一部ハ之ヲ連結シテ管形ヲ構成シタル側溝用半管」であり、その「實用新案ノ性質、作用及效果ノ要領」の欄には、「本實用新案ハ半管形ノこんくりーと塊ニシテ道路工事ニ於ケルU型側溝ノ代用ニ供スルモノナリ本案ノ效果ハ圖面中(A)及(C)の箇所カ完全ニ管形ヲ構成セルヲ以テU型側溝ニ於ケル如ク土壓ノタメニ兩壁カ内側へ壓セラルル事ナク從ツテこんくりーとノ厚モ極度ニ節約セラレテ薄キモノニテ足リ工費甚シク低廉トナル施工(原文の「施行」は誤記と認める。)ニ當リテハ仕事ノ閑散ノ時ニ豫メ多量ニ製作シ置クヲ得ヘキヲ以テ迅速ニ施工シ得ヘク工事中ノ道路交通ノ障害トナル期間ヲ短縮スルノ利便アリ」と記載されていることが認められる。
上記記載及び同引用例の第1~第3図(同号証図面)によれば、同引用例には、水平耐力梁が左右側壁の両端に一体に成形された側溝用半管が記載され、この側溝用半管においては、側壁が水平耐力梁と底壁とを支点とする両端支持梁になっているので、同一強度を得るための側壁の厚さは水平耐力梁のない従来のU字型側溝の場合に較べて薄くてよいとの作用効果があるとされていることが認められる。
本件考案の作用効果とされているもののうち、「一体に成形」の構成が関与するのが、原告の主張する本件考案の作用効果<4>、<5>に限られることは明らかであり、引用例2の側溝用半管の有する上記作用効果は、これらの双方に対応するものであることは明らかである。
そうとすれば、本件考案と同じく側溝用ブロックを技術分野とする同引用例に上記記載がある以上、当業者にとって、これと技術分野を同じくする引用例1の側溝用部材を改善して側壁と水平耐力梁を一体に成形したものとすることは、きわめて容易になしえたことであるといわなければならない。
原告は、引用例2の側溝用半管は、側溝用半管であって、本件考案や引用例1の側溝用部材とは使用目的を異にするから、これを本件における容易推考性の根拠にすることはできない旨主張する。
しかし、本件明細書中の「従来のこの種プレキヤストコンクリート側溝ロは、一般に第9図や第11図のように両側壁15、15’に底壁16が一体形成された断面U形状の3面舗装タイプとなっていて、その製品の深さが一定となつているため、これを道路側溝として使用すると、水路底勾配が側溝天端17および道路縦断勾配と同じにならざるを得ず、・・・という欠点があった。」(甲第3号証の2、1枚目「記」10~21行)、「従来の側溝ではプレキヤストコンクリート側溝にしても現場打ちコンクリート側溝にしても、いずれも前述のようにU形3面形状舗装の形状をなして上部が開いているため、・・・側壁15、15’の付根と底壁16の厚さを深くなるほど厚肉に構成しなければならなかつた。」(同1枚目「記」23~28行)、「しかし、従来の側溝では軽量化しようとすれば、側溝15、15’および底壁16の厚さが薄くしなければならない。従つて、強度で満足な結果は得られない。しかも前記水路勾配の問題も満足できない。」(同1枚目「記」33行~2枚目1行)、「本考案は上記したような従来の道路側溝の不利、欠点を除去し、平坦地においても排水勾配を無段階的に自在かつ簡便に形成することができ、しかもこのような側溝において軽量且つ経済的で、施工後は優れた強度を得ることができるプレキヤストコンクリート道路側溝を開発したものであり、」(同2枚目2~4行)との各記載、引用例1中の「従来の水路は側壁と底板が一体となつたU字状のものを勾配をつけて埋設して行くものであるから埋立土砂が多量に必要になると共に道路面、宅地面等が平らにならず不体裁な欠点があつた。本考案はかかる欠点を解決したコンクリート組立水路に係るものにして、・・・」(甲第4号証の2、1頁11行~2頁1行)との記載、引用例2中の「本實用新案ハ半管形ノこんくりーと塊ニシテ道路工事ニ於ケルU型側溝ノ代用ニ供スルモノナリ本案ノ効果ハ圖面中(A)及(C)ノ個所カ完全ニ管形ヲ構成セルヲ以テU型側溝ニ於ケル如ク土壓ノタメニ兩壁カ内側へ壓セラルル事ナク・・・」(甲第5号証)の記載に示されているように、これらは、いずれも、U字形側溝用ブロックを従来技術としてこれを改良した、側溝(水路)築造用の部材であるから、引用例2の側溝用半管と他の2者の間に、各引用例を本件考案の容易推考性の判断資料とする妨げとなるような使用目的の相違があるとすることはできない。
引用例2の側溝用半管は、このように、従来のU字形側溝用ブロックの改良として他の2者と使用目的を共通にしながら、これに加えて、本件考案の側溝用ブロックにあって引用例1の側溝用各部材にない技術思想、すなわち、引用例1においては、側板と底板との一体化、側板と耐力梁との一体化はいずれも工事現場でするものとされているのに対し、これとは異なり、工場段階でその一部又は全部を済ませておき、工事現場での工程を少なくするという技術思想に立ち(上掲「施工ニ當リテハ仕事ノ閑散ノ時ニ豫メ多量ニ製作シ置クヲ得ヘキヲ以テ迅速ニ施工シ得ヘク工事中ノ道路交通ノ障害トナル期間ヲ短縮スルノ利便アリ」との記載参照)、これを提供するものであるという点において、引用例1の側溝用部材と本件考案の側溝用ブロッックとの橋渡しとなる要素を有しているということができるのである。
また、原告は、側溝用ブロックの左右側壁部材間の下部を全面開放形状にしておく技術思想に基づく引用例1を基に、左右側壁部材と底部を一体として成形しておくという従来の技術思想に基づく引用例2を考慮しても、本件考案の側溝用ブロックのような、底部を開放しつつ上部を耐力梁と一体に形成することを特徴とする構成は、当業者がきわめて容易に推考しうるものではない旨主張する。
しかし、引用例1と同2の間の、工事現場に行くまでは全面開放形状にしておいて現場で打設するか、工場において両側壁部材と一体に成形しておくかという、側溝用ブロックの左右両側壁部材間の底部についての技術思想の相違が、その上部についての、左右側壁部材両端上部間に耐力梁を設けてこれと一体に成形する引用例2記載の技術を、同1の側溝用部材に適用することに想到することの困難性に与える影響は、全くないとはいえないとしても、きわめて些細なものであり、これをもって、本件考案の容易推考性を否定する根拠にすることはできないというべきである。
引用例2において、「一体に成形」することにより実現されるものとされている前示効果、すなわち、側壁が水平耐力梁と底壁とを支点とする両端支持梁になっているので、同一強度を得るための側壁の厚さは水平耐力梁のない従来のU字型側溝の場合に較べて薄くてよいとの効果は、引用例1におけるように底部(底壁)を工事現場で打設する場合にも、同2におけるようにこれを現場に行く前にあらかじめ左右側壁と一体に成形しておく場合にも、同じように望まれるものであって、その点において両者に差異はなく、また、引用例2の「施工(原文の「施行」は誤記と認める。)ニ當リテハ仕事ノ閑散ノ時ニ豫メ多量ニ製作シ置クヲ得ヘキヲ以テ迅速ニ施工シ得ヘク工事中ノ道路交通ノ障害トナル期間ヲ短縮スルノ利便アリ」との記載にも示されている築造工事開始前の工程を多くすることによる利点も、両者に共通のものであって、両者間に差異があるのは、引用例2においては、底部が工場において既に左右側壁と一体に成形されているため、上部において水平耐力梁を一体に成形しても、工事現場に設置されるまでの間のその強度を心配する必要がほとんどないのに対し、同1においては、工事現場で打設されるまでは底部は全面開放形状となっているため、上部を一体に成形したとき、底部が打設されその強度が得られるまでの間に強度に問題が発生しうるという点のみであり、この点は、それ自体その解決の求められる技術的問題となりうるが、そうだからといって、そのことが、引用例2の上記技術を同1に適用することに想到することを困難にするうえでさしたる影響力を有するとは考えられない。
したがって、原告の上記主張は採用できない。
なお、原告は、引用例1の「嵌着載置」と本件考案の「一体に成形」とでは、完成された水路となった段階でも作用効果に相違があることは常識的にも明らかであるとして、その相違を強調しているが、「嵌着載置」の欠点は、それが、必要とする現場工事人員数、必要とする現場工事期間等、被告ら主張の主として社会的要因によって発生するものであれ、完成された水路の強弱という原告主張の純粋に技術的要因によって発生するものであれ、強く認識されればされるほど、その改良が強く求められるのは理の当然であり、その改良が強く求められれば求められるほど、これに代わるものとしての「一体に成形」への想到が容易になることは明らかであるから、原告主張の上記相違は、本件考案における「一体に成形」の構成の容易推考性に関する上記判断の結論に、何ら影響を及ぼすものではない。
(2) 確定審決と引用例2との関係
引用例2は、本件先行無効審判事件においても、他の文献とともに引用例とされていること、同事件の審判において、本件考案はこれらの引用例から当業者がきわめて容易に考案することができたとはいえないとされていること(同事件審決書10頁7~10行)、その審決取消訴訟である本件先行訴訟事件の判決においても同様に判断されていること(同事件判決書32丁裏1行~33丁表5行)、上記審決は上記判決の確定により確定していることは、いずれも当事者間に争いがない。
原告は、これを根拠に、本件訴訟において同引用例を引用例として無効を主張することは、実用新案法41条で準用する特許法167条に違反し、許されないと主張する。
しかし、本件におけるように、ある審判の審決確定前に他の審判の請求が既にされている場合、すなわち、重複審判請求の場合にまで、上記法条を適用すべきか否か自体問題となりうると考えられるうえに、その点は問わないとしても、同法条の適用のあるのは、未確定の審判において、確定審決で引用例とされたもののみが引用例とされ、あるいは、これが主となる引用例とされている場合に限られると解するのが相当であり(最高裁判所平成4年4月28日第三小法廷判決・民集46巻4号1頁参照)、本件がこのような場合に該当しないことは、上に述べてきたところから明らかであるから、原告主張は採用できない。
(3) 本件考案の側溝用ブロックの商業的成功と容易推考性との関係
ある考案の実施品が商品として成功するか否かは、種々の要因によって決まることであり、推考のきわめて容易な考案だからといって大きな商業的成功をおさめないというわけのものではないことは、当裁判所に顕著な事実であるから、仮に、原告主張のとおり、本件考案の側溝用ブロックが普及し商業的に成功をおさめたとしても、その事実が直ちに本件考案の推考の困難性に結び付くわけではない。原告主張の各数値をもって、本件考案の側溝用ブロックが普及し商業的に成功をおさめた理由がその推考の困難性以外にないとの事情とすることはできず、その他にもそのような事情を認めるに足りる証拠はない。
(4) 他にも、引用例1の「嵌着載置」の技術に代えて同2に記載された「一体に成形」の技術を採用して本件考案の構成とすることは、当業者がきわめて容易になしうることであるとの判断の妨げとなる資料は、本件全証拠を検討しても見出せない。
原告主張の審決取消事由2は理由がない。
4 以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、94条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)
(作用効果の記載の比較)
本件考案の作用効果
<1> 現場に搬入して配列し、底部にコンクリートを打設することによって無段階的な勾配を有する排水溝を建設することができる。
(公告公報三欄三五行~四欄七行、補正公報五頁二〇~二五行)
第一引用例の作用効果
<1>’<イ>’ コンクリート製の側板(1)(1)を対向させた状態で、順次長さ方向に並設して行く。
(明細書二頁四行~五行)
<ロ>’ この夫々の側板(1)(1)間の底部に一方に少し勾配をつけ乍らコンクリート打ち込みにより底板(6)を側板(1)(1)と一体に形成する。
(明細書二頁一三行~一五行)
<2> 勾配を大きくとるときは、高さの異なる側溝を用いることによって底部コンクリートの厚さが一定の勾配とすることができる。
(公告公報四欄八行~一六行、補正公報五頁二五~三〇行)
<2>’<イ>’ 亦水路の高さも底板(6)の施工によって自由に調節することができる。(明細書四頁八行~九行)
<ロ>’ この夫々の側板(1)(1)間の底部に一方に少し勾配をつけ乍らコンクリート打ち込みにより、底板(6)を側板(1)(1)と一体に形成する。
(<1>’<ロ>’、二頁一三行~一五行)
<3> 上面に開口部があるので底部コンクリートの打設および仕上作業が容易である。
(公告公報四欄二四行~二九行、補正公報五頁三一~三三行)
<3>’<イ>’ この夫々の側板(1)(1)間の底部に一方に少し勾配をつけ乍らコンクリート打ち込みにより底板(6)を側板(1)(1)と一体に形成する。
(<1>’<ロ>’、二頁一三行~一五行)
註、従って、底部コンクリートの打設時には、ハリ(7)は組合わされているかも知れないが、蓋(8)が設けられる部分は開口している。
<4> 完成した排水溝としても、単体としても強度が大きいため肉厚を薄くすることができる。
(公告公報四欄三〇行~五欄三三行、補正公報七頁一〇~一二行)
<4>’<イ>’ 側板(1)(1)の内側上部寄りに段部(2)を設けているからハリ(7)や蓋(8)を嵌着設置することにより内側に倒れず、一層丈夫な水路が形成されると共に、ハリ(7)や蓋(8)の位置が決まるため一層効果的である。
(明細書四頁一〇行~一四行)
<5> 施工前の段階では、底部壁がなくしかも側壁を肉薄にできるので側溝自体の軽量化を図ることができるため、運搬配列が容易でありコンクリートの使用量も少なくて済む。
(公告公報六欄二行~一一行、補正公報三頁三一行~五頁七行、七頁一〇~一四行)
<5>’ 本案品は側板(1)だけの運搬であるから、かさばらず極めて便利である。
(明細書四頁一五行~五頁一行)
註、ハリ(7)および蓋(8)も、工場で生産し、現場に運搬するのに適する。
昭和61年審判第19433号
審決
新潟県南魚沼郡六日町大字坂戸485番地
請求人 新和コンクリート 株式会社
東京都新宿区市谷船河原町11番地 家の光ビル6階
代理人弁理士 安原正之
東京都新宿区市谷船河原町11番地 家の光ビル6階 安原法律特許事務所
代理人弁理士 安原正義
東京都千代田区九段北4丁目1番27号
被請求人 株式会社 北研
山形県山形市香澄町1丁目8番1号 前田ビル
代理人弁理士 中村幹男
上記当事者間の登録第1617986号実用新案「勾配自在形ブレキャストコンクリート側溝」の登録無効審判事件について、次のとおり審決する。
結論
登録第1617986号実用新案の登録を無効とする.
審判費用は、被請求人の負担とする。
理由
本件登録第1617986号実用新案は、昭和50年4月15日に出願された特願昭50-45758号を、昭和51年9月8日に特許法第44条第1項の規定により分割して特願昭51-105002号とし、さらに昭和55年10月15日に実用新案法第8条第1項の規定により実願昭55-145735号に出願変更し、昭和60年11月29日に設定の登録がなされたものであつて、その要旨は、明細書と図面の記載からみて、明細書の実用新案登録請求の範囲に記載されたとおりの「対向する左右の側壁部材と、この対向する左右両側壁部材の両端上部間に水平耐力梁を設けて一体に成形し、該左右両側壁部材間の下部を全面開放形状とし、該下部の全面開放部を水路勾配に合せたコンクリート打設面とすることを特徴とした勾配自在形ブレキヤストコンクリート側溝。」にあるものと認める。
これに対して、請求人が引用し、本件登録実用新案の出願前に国内において頒布された甲第1号証の1及び2刊行物(実開昭50-15186号公報及び実願昭48-65313号(実開昭50-15136号)の願書に添付した明細書と図面の内容を撮影したマイクロフイルム)(以下、「甲第1号証刊行物」という。)には、側板を対設し、この側板の内側上部に段部を形成し、この段部上の両端にハリを嵌着載置し、側板の内側底部間に鉄棒杆を架設し、この内側底部にコンクリート打込みにより底板を長さ方向に少し勾配をつけて側板と一体に形成せしめたコンクリート組立水路が記載されている。
また同じく引用し、本件登録実用新案の出願前に国内において頒布された甲第2号証刊行物(昭和16年実用新案出願公告第2484号公報)には、U型側溝において、水平耐力梁を側壁の両端上部間に一体に成形して設けることが記載されている。
本件登録実用新案と前記甲第1号証刊行物に記載された考案とを比較すると、甲第1号証刊行物に記載された「側板」、「ハリ」は、本件登録実用新案における「側壁部材」、「水平耐力梁」に各々相当するものと認められ、また甲第1号証刊行物に記載された「コンクリート組立水路」は、側板間の内側底部にコンクリート打込みにより底板を長さ方向に少し勾配をつけて側板と一体に形成するものであるので、本件登録実用新案における「勾配自在形ブレキヤストコンクリート側溝」に相当するものと認められるから、両者は、対向する左右の側壁部材と、この対向する左右両側壁部材の両端上部間に水平耐力梁を設け、該左右両側壁部材間の下部を全面開放形状とし、該下部の全面開放部を水路勾配に合せたコンクリート打設面とすることを特徴とした勾配自在形ブレキヤストコンクリート側溝の点でその構成が一致している。
そして、本件登録実用新案と甲第1号証刊行物に記載された考案とは、本件登録実用新案が水平耐力梁を左右両側壁部材の両端上部間に一体に成形して設けているのに対し、甲第1号証刊行物に記載された考案では、水平耐力梁を左右両側壁部材の内側上部に形成した段部上の両端に嵌着載置して設けている点で相違する。
そこで、前記相違点について検討すると、U型側溝において、水平耐力梁を側壁の両端上部間に一体に成形して設けることは、前記甲第2号証刊行物に記載され本件登録実用新案の出願前に公知であり、しかも甲第2号証刊行物に記載された考案は側溝に関するものである点で、本件登録実用新案及び甲第1号証刊行物に記載された考案と同じ技術分野に属するものであることからみて、前記甲第1号証刊行物に記載された考案において、水平耐力梁を左右両側壁部材の内側上部に形成した段部上の両端に嵌着載置して設けることに代えて、前記公知の技術を適用して、左右両側壁部材の両端上部間に一体に成形して設け、本件登録実用新案と同じ構成の勾配自在形ブレキヤストコンクリート側溝を得ることは、当業者であればきわめて容易になし得られることと認めるから、この相違点に格別の考案を認めることができない。
そして、本件登録実用新案は、前記甲第1号証刊行物及び甲第2号証刊行物に記載された考案から予測される以上の作用効果を奏するものとも認められない。
したがつて、本件登録第1617986号実用新案は、甲第1号証刊行物及び甲第2号証刊行物に記載された考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであり、実用新案法第3条第2項の規定に違反して登録されたものであるから、同法第37条第1項第1号の規定により、その登録を無効にすべきものとする。
よつて、結論のとおり審決する。
平成1年12月28日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)